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新コンテンツの日

新コンテンツを追加した。

上月のイラストをばんばん公開していくことにした。
だからばんばんイラストを描いてもらいたいが、
上月も忙しそうだ。

ジャケ絵を提供してもらえるだけでも感謝感激周恩来である。






周恩来は関係なかった。



ときに、初音ミクがとうとうゲーム化するらしい。


ってことを今更知るのもかなり遅れている気がするが、
今デモを見に行ったところ正直なところ、





どこまでいっちゃうんだろーね。

って感じですか、、、


彼女にはもう少しせせこましいところで戦ってほしかったのだが、
どうやら世情はそうもいかないらしい。





初音さんが大きくなるに連れて、どんどん肩身狭くなり縮こまるV.C.だった。
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恨み、辛み、妬み、嫉み

何か、恨みでもあるのだろうか。


左手の甲に浮いた血の球を見詰めながら、思った。

昨日だし巻くがさんざかき鳴らした我が家のギターは今朝まですまし顔で枕元に鎮座していたもの、珍しくも気の向いたV.C.がその首根っこを引っつかみ、膝に乗せ、ピックを手にし、チューニングの狂いきった「ミラレソシミ」をかき鳴らしたその瞬間、



待ってましたと言わんばかりにばちりと音を立て、
1弦をピックアップから根こそぎ弾き飛ばし、
V.C.の左手の甲をしたたかに打ちつけた。
血を拭うと、弦の太さと同じ直径の穴が開いていた。






どう見ても、狙ってやったとしか思えない所業だった。



扱いが荒いのは認めるが、お前は所詮漫画雑誌の最後に乗っている送料込みで1万円を切るようなどこのメーカーとも知れない粗悪品なんだぞ、身分をわきまえろと、小一時間ほど説教をたれたかった。




そんな彼との付き合いは、かれこれ9年にもなる。

カップ焼きそばの悲劇

やるか、やるかと思っていたら遂にやった。



カップ焼きそばにお湯を注ぐ前に粉末スープをばら撒いたのである。



お湯を並々とそそぎ、3分間待ち、さぁお湯を棄てるかというところでようやく気付くものの、時既に遅しである。


蓋を開けるなりノーウェイトで粉末スープを麺の上に開けてしまうという、カップラーメン慣れした両手の習慣がおそろしい。

かくなる上は、ソース味のカップラーメンだと思い込み、お湯を棄てずにそのまま啜るというのも一つの手だったと思ったが、なんだか超えてはいけない一線のような気がしたのでやめておいた。



それにしても、こげ茶色のスープを湯きり口から排水溝に流す時の気分の虚しいこと。
それでも全てを流し終えたところで、さぁどうしようと思った。

夕飯が味無し焼きそばではいくらなんでもわびしすぎる。


その時ふと、戸棚に「ブルドック中濃ソース」が入っていたことを思い出す。


戸棚を開ける、中を覗き込む、
かくして例の間抜け面犬っころと目が合った。

その表情を見ているうちに、何だか旧友と久しぶりに再会したような得も言われぬ感覚が胸の内に拡がっていく。


というのが詭弁でも何でもなく、実際に以前この顔を見てからゆうに半年は時が経っていることに気付く。

開栓したのなんて、それこそ冗談抜きで一年近く昔である。

いくらこの手のソースが日持ちするとは云え、開栓後一年は危険過ぎる。

しかも、戸棚に居たということは、「開栓後要冷蔵」の注意書きはしこたま無視である。





ブルドックの瞳をじっと覗き込んだ。



手元の味無し焼きそばに視線を落とした。



逡巡。



逡巡。



逡巡。








かけた。






普段の焼きそばより麺の滑りがよく、甘みが強い。
何処か高級感すら漂う。

一風変わった風味の焼きそばに満足感を覚えた。

心なしか、酸味も強かった。




















そして、添付の「旨だしふりかけ」をかけ忘れていたことに気付いたのは、麺の9割が食されたころであった。

飲食業の今後の動向?

ますます面白い時代になってきた。


と、思ったのは新宿の居酒屋に行ったときである。

入り口で従業員に案内されてテーブルに座ると、テーブルの横にはタッチパネルで注文ができるディスプレイ装置があった。

地元のほうではまだあまり普及していないようだが、最近このような装置を導入している飲食店をよく見かける。


最初見かけた時は物珍しさからちょっと面白いかも、と思ったものが、店側の都合からしてみればこの装置はようするに、



「いちいち注文とりにいくのめんどいからそっちで勝手にやってくれや」装置である。


元来、飲食店は基本的に6つのプロセスからなる。
すなわち、

客の出迎えであり、
注文であり、
調理であり、
配膳であり、
金を頂いて見送ることであり、
テーブルの上を跡形もなく片付けることである。

そして、この「いちいち注文~」装置を導入することにより、プロセスの1つ、「客からの注文」を完全的に駆逐することで、人件費の削減を図ろうと云うのがこの装置を導入する飲食店の狙いであるに違いない。





そして、もっと面白いことになってきたと思ったのは、地元からほど近いところにある、回転寿司に入ったときである。

回転寿司と云うのは、もちろん大量の寿司が店内をぶん回っているから回転寿司と云うわけで、だがしかし自分の欲しいネタが回ってくるのを延々待ち続け、皿の回るのと同じスピードで眼球を左から右、左から右、と動かし続けるのは時に大変な労力を伴うことであり、その間にも身体は満腹中枢を刺激し、
結果として客が食べる皿の量が減るんじゃないか、なんて板前が危惧したかどうかはしらないが、とにかく大体は板前に注文すれば即座に食べたいネタが握りたてで食べられるわけであり、はたして皿を回していることに意味はあるのかそれは回転寿司と呼ぶのかと云う果てしないジレンマを抱えた、そんな店なんじゃないかと思う。





まあそんなことはどうでもいいのだが、この時入った回転寿司には、やはり新宿の居酒屋同様タッチパネルのオーダー端末があり、これでネタを注文すると驚くことに注文したネタがトレーに乗ってレールの上を滑ってやってきた。


こうなると、最早自動販売機である。

事実、この店で従業員の顔を見、世話になったのは店に入った時と会計をして出て行く時だけであった。
つまりこの店は、飲食店の基本プロセスの一つ、「配膳」までもを放逐したのである。


こうなると、残り4つのプロセスも割愛できたらもっともっと面白いことになるんじゃないか、と考える。


実際、ファーストフードなんかの業務形態では、客の出迎えは遠距離攻撃であり、客席への案内は客の気分と本能にまかせっきりである。

だがむしろレストランの中には「お好きなお席へ~」となるケースも珍しくなく、彼らの目的は出迎えよりむしろ”今入ってきた客が何番テーブルに座ったかの把握”であるに違いない。

話がそれたが、ファーストフードではテーブルの片付けもやはり客任せであり、従業員のやることといったら「恐れ入ります~」なんて遠距離攻撃を投げ掛けるだけである。
そして、そんな空気を解さない親父たちがたまに居て、彼らはふてぶてしくも自分の排出した廃棄物をそのままテーブルに残し退散し、そんな光景を目の辺りにするとなんとも生暖かい気持ちになる。

またしても話がそれたが、要するにこれらの業務形態を組み合わせることにより6プロセスのうち4つまでは棄却でき、あとは入り口に駐車場みたいな「金払ったらでられますよ」的なゲートを設置するか、オーダー端末の横に「ここに金いれたら払った分だけ食えますよ。余った釣りぐらい返しますよ」的な集金装置さえ設置してしまえば、晴れてこの飲食店は「接客業」の枠組みから脱却できる訳であり、従業員たちは何一つ気兼ねなく調理に専念できる訳だが、











やっぱりそんな店はあったら嫌だと思うのが結論である。
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V.C.

Author:V.C.
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